若い頃の会社の上司だったSさんのお葬式に出かけた。Sさんは副社長まで勤めた人だったので、お葬式は新宿の大きなお寺で行われた。交通の便がよく、いずれの宗派でも受け入れるということで、有名人の葬儀がよくおこなわれるお寺である。門をくぐると読経の声が聞こえてきた。遅刻しないように早めに来たつもりだったのにと、訝りながら受付に急いだ。会葬者の列に並んで読経に耳を澄ませてみると聞き覚えのある声である。なんとSさん自身の声だった。お経と思ったのも良く聞いてみるとお経ではない。謡であった。そおいえばSさんのご出身の九州の筑後地方では謡が盛んでSさんも若い時から稽古をしておられた。
後で分かったことであるがSさんのお葬式は無宗教で行われた。
喪主の奥さんが熱心なキリスト教徒で、Sさんも奥さんの信仰に理解があったということで奥さんはキリスト教式の葬儀を希望された。しかしSさんは田舎に菩提寺もあり檀家代表もつとめられたほどの旧家のご長男なのでSさんの親族の方々は仏式にこだわられた。そこで話し合われた結果、キリスト教にも仏教にもよらず無宗教で行われることになったとのこと。
無宗教の葬式はいいとしても、読経も讃美歌も祝詞も無いとなるとちょっと淋しい。世話方が困っていると知恵を出す人がいた。Sさんが謡を稽古されていたときの録音があるはずだ。Sさんの謡を会葬者に聞いてもらったらどうかとなった。たしかに音楽葬というのがある。またある新聞社の元社長が生前に録音しておいたお別れの言葉を告別式で流されたというような例もある。
ということで故人の生前の声が葬儀場で流された。それも謡というのはおそらく本邦初であったろうと思われる。
焼香のかわりには会葬者による供花がおこなわれた。
読経がないので弔辞に当てる時間が十分に取れた。
Sさんと旧制中学の同窓生でもあった元社長のYさん、同期入社で慶応の同窓生でもあったTさん、労使の代表という立場でSさんとやりあった元労組委員長のTさん、紅一点でSさんが課長時代の部下のMさんなどから色々とエピソードをまじえ心のこもった弔辞があった。弔辞をお聞きしていると、改めて体は小さいが肝っ玉が大きく、人情味があっかったSさんのお人柄が懐かしく思い出された。
意味のあまり分からないお経や形式的な弔辞を聞かされる普通のお葬式と比べて、いいお葬式であった。
Sさんは今故郷のS家の墓に、ご先祖と一緒に眠っておられる。
くすしくもSさんが課長の時、課長代理だったKさんのお葬式も無宗教で行われた。こちらは文字通り故人もご遺族も特別に帰依される宗派がなかったようだ。
Kさんはお仕事でもビジネスライクでクールな判断をされる人であった。生前特に宗教に関心を示されたことはないようだ。
Kさんの奥様もお父上は国立大学の学長を勤められていた時に街のパチンコ店に通われたと話題になるユニークな科学者であった。奥様も特に宗教にこだわられることはなかった。Kさんご夫婦には子供さんがお一人でお嬢さんだった。Kさんのお葬式を演出されたのはお嬢さんだったようだ。このお嬢さんがお祖父さんお父さんの血を引いておられるのにちがいない。意味のよく分からないお経などでKさんのお葬式を俗っぽく抹香くさいものにしたくないと考えられたのであろう。
Kさんのお葬式は音楽葬というほど大袈裟なものではないが式場にはクラシックの音楽が流されていた。
当然読経はなく式の主な柱は旧制高校の先輩や同期の二人の友人からのお別れの言葉であった。先輩は会社の元社長のYさん。友人の一人は中学四年修了で高校に入学し、Kさんも一目おいていた秀才のTさん。あと一人は見事な低空飛行で高校を卒業したとKさんから冷やかされていたAさん。KさんTさんAさんの三人は旧制高校は同窓だが大学は夫々別々で会社に入ったら偶然に再びご一緒になられたという関係である。Kさんは学生時代テニスをやっておられ、会社に入った後も、お酒はほどほどに健康的な生活を送っておられた。性格的にもストレスを受けにくいタイプの人であった。ご自分が真っ先に友人たちから弔辞を読んでもらうことになるとは想像もしておられなかっただろう。
珍しい趣向として式場の入り口の廊下にはKさんの生涯がわかる写真が展示されていた。「会社の同僚と」いう説明のついた部分にKさんとご一緒している私が写った写真もあり恐縮した。
世間常識的なものにとらわれず、父親への思いを表したいというお嬢さんの気持ちが感じられるお葬式であった。
無宗教というよりお葬式自体がないケースにも出会った。私が再就職した会社の同僚だったJ君の場合である。
J君は営業の切り込み隊長と称されるほど仕事好きな男だった。はっきりものをいうがお得意さんに憎まれず、よく勉強もしていたので信用もされていた。もともとあまり飲めなかったお酒も、お客さんに鍛えられて酒豪の仲間入りをした。このお酒のせいかどうかわからないが、J君は五十歳を超えたばかりで胃がんに冒され逝った。
J君自体は無信仰に近かったが、奥さんがキリスト教系の新興宗教の熱心な信者だった。子供二人も高校卒業後すぐに伝道師を目指すほどであった。
J君は奥さんや子供たちの信じる宗教を認めるというよりむしろ反対だったようだ。奥さんは献身的にJ君の看病をしておられ、自分の信じる宗教では輸血は厳しく禁止されていたがJ君の手術には輸血を受け入れる覚悟もされていたようだ。
しかし夫に万一の場合、神を唯一信じるキリスト教徒が喪主として仏式で葬儀を主宰することはどうしてもできないことだった。J君は癌が再発し二度目の入院をする際、万一の場合の事についても冷静に奥さんと相談をしたようだ。
結論はキリスト教による葬式は拒否する。J家は仏教系の宗派に属しているが、自分自身は熱心な仏教徒でもないので仏式の葬儀に拘らない。葬式も不要。というものだった。
火葬に付される前にお別れにいったが、拝んだJ君の顔は安らかなという表現には遠く、さすがに無念の思いにあふれているように見えた。
日を置いて、会社発展の功労者であり後輩たちの面倒見もよかったJ君を偲び、会社の主催でお別れの会がひらかれた。私たちはこれでJ君が成仏してくれることを祈った。
夫婦が別々の宗教を信仰していることはキリスト教徒やイスラム教徒などではないだろうが日本では珍しい事ではない。こういうご夫婦の場合は元気なうちにご自身の葬式やお墓のことを夫婦でよく話しておくことが必要なのだと思う。
仲の良いご夫婦の場合で、先に逝った夫がお寺の墓地に埋葬され、後でクリスチャンの奥さんはキリスト教でお葬式があったとき、お墓はどうなるのか関心があった。
知り合いのNさんより興味ある事をきいた。Nさんのお父上のお墓は鎌倉の禅宗系の有名なお寺にあった。お母上は熱心なクリスチャンで当然洗礼名もお持ちである。Nさんがご両親を一緒の墓に入れてあげたいとお寺に相談したら案ずるより生むは易し。禅宗のお寺は包容力があった。さすがに戒名だけは必要という事でお母上の洗礼名の一文字を取って戒名を作り、お寺のお父上のお墓に一緒に埋葬してくれたとのこと。
親戚のお葬式でこんなことがあった。お坊さんが読経を始める前に故人の戒名について特に説明をされた。故人の戒名はご本人が生前に作っておられたので、故人の意思を尊重してそのまま使っていますとのこと。浄土真宗ではもともと戒律が無いので戒名といわず法名というそうだが、法名はすべて「釈○○」と二文字に決められている。故人が作った法名は「○○院釈○○居士」となっていた。浄土真宗のお坊さんとしてはルール違反の法名を認めるわけにはいかなかつただろう。さらに言えば法名を勝手に作っていいという前例に歯止めをかける必要があったと思われる。
九五才の長寿を全うして逝つた故人は生前は円満を絵に描いたような人で世俗的な欲にも超越しておられるように見えたが、最後にちょっと贅沢な戒名にこだわられたかと思うと、むしろ微笑ましく感じた。
しかし本来戒名は、仏門にいった者につけられる名前である。仏門に入るとき師から受戒をする。そのときに、同時に僧としての名前を師から授かるので戒名というのである。したがって戒名は師からさずかる名前である。自分でつければ、それはペンネームでしかない。(ひろさちや「冠婚葬祭生活の知恵」)
私は戒名について苦い経験がある。
二〇年前に父親の葬式を行った時、初めてのことでもあり全て葬儀社におまかせした。式場は近所の洒落たお寺を借りたので結構経費はかかつた。当時私は戒名に値段によつて差があることを知らなかつた。父親につけられていた戒名は「春覚歓照信士」というものであった。そのときはなにか艶っぽい戒名だと思った。調べてみると戒名には死亡時期と俗名のうちから一文字を入れるのがルールのようである。父親の場合も四月に死んだので「春」名前の歓伍から「歓」が入っている。
母親の貞子は夏に死んだ。戒名は「夏月貞照信女」。
その後、戒名に位があることを知った。恥ずかしながら両親につけられている「信士、信女」は一番下の位であった。最高は「○○院○○殿○○居士」普通は「○○居士」が多いようである。私は自分の無知で取り返しのきかない悪い事をしたと後悔させられた。
しかし父親は生前全く仏教に関心がなかった。しかも世間の義理を欠くほどの吝嗇家でもあった。帰依したこともないお寺さんに高い戒名料を払って位の高い戒名をつけてもらって父親が喜ぶとは限らないと考えることにした。私自体は宗教全般に関心があり特に仏教に興味を持っている。仏教の研究を今後のライフワークにしたいぐらいである。しかし戒名をいただくとしても両親と同じ信士にとどめたいと思っている。
最近新聞の死亡記事を見ていると故人の意思により葬儀は近親者のみで行い、告別式はやらないという例が多くなった。私も告別式はやらなくていいよと妻によくいう。妻は人から恨まれるのはいやだから遺書にはっきり書いておいてくれという。直木賞作家の藤沢周平も遺族を煩わさないために、遺書に告別式は不要と書き残していた。しかし結果的には遺言は守られず告別式は行われた。世話をした出版社の人たちが、告別式をやった方が遺族が助かると強行されたらしい。
たしかに著名人の場合告別式をやらないと故人を偲ぶ多くの人々が個々ばらばらに弔問に訪れ遺族はその応接に大変である。告別式であれば言葉をいちいち交わさず頭を下げるだけてすむものを、自宅に迎えた場合故人の最後の状況など繰り返し話さなければならないことになる。遺族を煩わさない為には著名人の場合は告別式はやらなければならない。
著名人ではないが私も考えを変えた。
元気なうちに適当な時期に、感謝お礼の気持ちを伝えたい人々をお招きし生前葬的なものを行う。告別式は隣近所のかたがたを対象に最小限のものとする。というのが現在の私の考えである。
お墓についても考えているがまだ結論がでない。
私の友人のNさん夫妻には子供がいない。夫婦でよく旅行をしておられ、あるときお墓は富士山のよく見える場所にしようと話合われた。ところが夫婦二人が死んだのち誰が墓を守るかなどを考えて中止されたとのこと。その後不幸にも若い方の奥さんが先立たれた。 奥さんのお墓は夫を煩わさないようにというご遺言で実家のお寺の境内の一角に建てられている。
私たち夫婦にも子どもがおらず養女も他家に嫁入った。骨自体は自然葬で山か海に撒いてもらえればと考えているが、お墓をふくめまだ結論が出ていない。
いまのところ葬式などについての遺言をまとめると次のようになるかと思う。
一. |
戒名
檀家として付き合いのある寺がないので戒名がもらえなければなくてもいい。
付ける場合は信士どまり。 |
二. |
葬儀、告別式
葬儀は仏式により自宅で近親者(妻、兄弟、子供)のみでおこなう。
告別式は隣近所の方を対象に最小限のものを行う。
友人知人にとくに通知不要。一月後に生前に準備しておいたお別れ、感謝の手紙を発送する。 |
三. |
遺骨
遺骨は自然葬に準じ信州の山と房総の海に撒いてほしい。 |
四. |
墓
お墓は建てない。位牌は預かってくれるお寺に預ける。例えば成田山新勝寺の霊宝塔。 |
(本稿は木澤廉治著「人生いろいろ面白きかな人生」(文芸社刊4刷り800円)に収載されているものである。)