令和2年6月、日経新聞の「私の履歴書」に小林光一名誉棋聖が登場されていました。
囲碁棋士としては最近では林海峰名誉天元、大竹英雄名誉碁聖に次いでの登場で遅咲きの棋士人生、木谷道場での厳しい修行、棋聖8連覇、13歳上の礼子夫人との結婚秘話、15歳下の茂代夫人との再婚など興味深い内容に満ちていました。
ご自分の棋風に関しても面白い記述がありました。
「石田、加藤、武宮の三羽ガラスのようなわかりやすい特徴はないが、素朴な手を積み上げてゆくタイプ。
兄弟子の石田芳夫の評「小林光一は形勢判断力で勝ち、趙治勲は切れ味で勝つ。」
形にこだわらず実戦的な打ち方をするときもあり、「地下鉄のような碁」とやゆされたりもした。「勝利への最短距離を目指す、景色を楽しめず面白みがない」という意味合いだったようだ。」
特に私が興味を持ったのは、体力と集中力を鍛えたテニスとゴルフについての記述でした。
「25歳ごろに体を鍛えようと思い立ちジョギングを始めた。2日に一回、月に80キロという目標を立て6年ほど続けた。その後はテニス、週に2,3回は通った。テニスによって全体的な基礎力が増した気がする。
リーグ戦など持ち時間が6時間の碁だと深夜にかかることも多い。残り30分、わずかなミスも許されない状況でモノをいうのはやはり体力。どれだけ集中力をたもてるかが勝負の分かれ目だ。テニスで体力がついたおかげで、40歳すぎまでタイトル戦の最前線でがんばることができた。テニスの腕前は囲碁に例えればアマ2,3段クラス。23年間続けた。
テニスクラブが閉鎖されたので、1990年ごろからテニス仲間に誘われてゴルフを始め、以来、ゴルフがだんだん面白くなっていった。2001年霞が関カンツリークラブのメンバーになり週1、2度のペースで通っていた。メンバーになった時のハンディが14、その後は8とか9とかシングルになったが、最近は2桁になった。なんとかシングルに戻したいが・・・。」
ゴルフを趣味とする囲碁棋士は少なくないようで私が調べたところでは武宮正樹、趙治勲、羽根直樹、今村俊也、柳時薫、趙善津、小松英樹など。
関西棋院のホームページでの今村俊也九段の紹介には「趣味=ゴルフ、特技=ゴルフといえるようになりたい、ストレス解消法=ゴルフ教室、対局で負けた後の過ごし方=打ち放なし」とゴルフ三昧のようだ。
面白いことに,昭和末から平成初めにかけて趙・小林時代といわれ好ライバルとして活躍されたお二人がゴルフでもシングルの腕前でぁることです。
趙治勲は15、16歳のころ、「ゴルフをしている棋士は不謹慎だ.ゴルフ狂には負けられない。」と口にして物議をかましたことが語り伝えられている。
その後ゴルフを始め熟年となった現在は囲碁界屈指のゴルフ狂といわれている。
趙治勲はハンディ8まで行った腕前。趙治勲のゴルフ観は次の通り囲碁とも密接につながっている。
「ゴルフは大変メンタルな要素の強い競技である。
碁とゴルフは共通点あり。
碁もゴルフも気の持ちようで、どんどん変わっていくんです。精神的な面が占める部分が大きくて、常に最高手を求めるだけ、力で押し切るだけでない、微妙な柔らかさも求められる点で、碁と大変共通してるんです。だから完璧をもとめないことをゴルフで学んだ、という感じもあるんです。」
(荒谷一成著「囲碁名棋士たちの頭の中」中経出版刊)
学士会囲碁会の会員のなかにも囲碁とゴルフを楽しんでおられる方は多いと思われます。
東大将棋部の主将として活躍し囲碁と二刀流だった故塩原英吾さんはゴルフも強かった。
塩原さんは所属クラブの理事長杯をとられたことがある。ゴルフも囲碁将棋と通じるところがあるといわれる。
「勝負事では勝とうと思わないことが大事。囲碁将棋は拮抗して進むもので、一方的に圧勝するということはないもの。いかにミスを少なくするかで勝負が決まる。
ゴルフも同じ。」
塩原さんの言われることと同じような趣旨で、将棋の米長元名人が「人間における勝負の研究」(祥伝社刊)で囲碁将棋ゴルフに通じることとして次のようなことを書いておられる。
「最善手を見つけることも大切ですが、それよりもっと大切なのが悪手を指さないことです。しかし悪手を一手さしたからといつて、それが致命傷に直結するという場合は少ない。悪手を連続するから墓穴を掘る。」
趙治勲や塩原英吾さんが指摘されるように囲碁とゴルフには共通点があります。改めてまとめてみると
1. |
メンタルの要素の強い競技である。 |
2. |
勝ち切ることの難しい競技である。 |
3. |
終盤が大事である。囲碁ではヨセ、ゴルフではパットが勝負を決める。 |
4. |
ゴルフはミスのゲーム。囲碁も勝負をきめるのは多くの場合妙手ではなくミスである。
完璧を求めない。ミスを少なくする。 |
5. |
力が違ってもハンディキャップをつけることによつて多くの人が楽しめる競技である。 |
6. |
超高齢になっても楽しめる競技である。 |
興味があるので超高齢で活躍された方々を詳しくご紹介します。
学士会囲碁会では和田耕作七段(元衆議院議員)は亡くなる99歳まで碁を打っておられました。
惜しくも平成2年6月に94歳でなくなられた後藤宏雄六段は満91歳2か月の時、卒業年次別戦で優勝されました。現在これは学士会棋戦での最高齢優勝記録になっています。
現在学士会棋戦参加で最高齢者の94歳の沖松信夫三段は、入会されたのが満90歳9ケ月で、これは最高齢での入会の記録となっています。
プロ棋士での最年長記録は杉内雅夫九段です。
昭和12年(1937年)に入段してから平成29年(2017年)に死去するまでの現役棋士生活は80年を超え、日本における最年長現役棋士記録(97歳1か月)をはじめとする数々の最年長記録を樹立し、最終対局を打ったのは死去の19日前であった。90歳を超えても打ち分けに近い年間成績を維持し、死去した2017年にも2勝を挙げるなど、その実力は最後まで健在であった。(出典ウイキペディア)
ゴルフの最高齢プレイヤーはプロでは内田棟(1916・10~2019・7)です。1971年に55歳でプロ転向し、2016年に日本プロゴルフ界初の100歳プロゴルファーとなった。
アマでは医者で『正心調息法』で有名な塩谷信男先生です。 100歳の時にゴルフ・コンペで一等になられました。100歳を超えても毎朝1時間のゴルフの練習を欠かされなかったそうです。2008年に他界されましたが、 106歳近い天寿を全うされました。輝かしい記録はエージシュート。87歳の時に83打、92歳の時に92打、94歳の時に94打と3回達成されています。
(本稿は学士会会報本年3月1日号「囲碁会だより」囲碁会こぼれ話として掲載予定のものを転載しました。)